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東京地方裁判所 平成7年(ワ)22101号 判決

主文

一  被告は、原告に対し、金六七九万七九八九円及びこれに対する平成八年一月二五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを五分し、その四を原告の負担とし、その余は被告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、金四〇五六万八〇一二円及びこれに対する平成八年一月二五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要(当事者間に争いがない。)

一  本件事故の発生

1  事故日時 平成六年四月一六日午前四時三〇分ころ

2  事故現場 東京都中野区中央四―一―四先路上(以下「本件道路」という。)

3  被告車 自動二輪車

運転者 被告

所有車 被告

4  事故態様 原告が本件道路を横断中、左方から進行してきた被告車が原告に衝突した。

二  責任原因

被告は、前方を注視して進行すべき注意義務があるにもかかわらず、これを怠つて進行した過失によつて本件事故を起こしたのであるから、民法七〇九条により、原告らに生じた損害を賠償する責任を負う。

三  争点

逸失利益の基礎となる収入及び過失相殺

第三損害額の算定

一  原告の損害

1  治療費 六一〇万六三三〇円

甲五、六、七の一及び二、八、九の一ないし五並びに一〇の一及び二により認める。

2  入院雑費 一〇万二七〇〇円

原告は、本件事故によつて七九日間入院して治療を受けたことが認められるところ(当事者間に争いがない)、右入院期間中に雑費として、経験則上一日当たり一三〇〇円を要したと認められる。

3  付添看護費 三九万五〇〇〇円

原告本人尋問の結果によれば、原告は、右入院中付添看護を必要としたこと、原告は、知人に付添看護を依頼したことが認められるところ、右付添看護に要した費用は一日当たり五〇〇〇円と認められる。

4  通院交通費 一万二四八〇円

原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨により認める。

5  休業損害 三三三万〇九四四円

甲一四によれば、原告は、本件事故直前の平成六年一月から同年三月までの九〇日間に合計七〇万七〇六一円の収入を得ていたことが認められるので、本件事故当時の原告の収入は、一日当たり七八五六円と認められる。原告は、本件事故によつて、症状が固定した平成七年六月一三日までの四二四日間就労することができず、右収入を得ることができなかつたので、原告の休業損害は、右の一日当たり七八五六円の収入に四二四日を乗じた三三三万〇九四四円と認められる。

6  逸失利益 二九八万二六二九円

(一) 原告は、原告には左眼球の著しい運動障害で自動車損害賠償保障法施行令別表の後遺障害等級(以下「後遺障害等級」という。)一二級一号、外貌の著しい醜状で同一二級一三号、左眼の視野狭窄又は視野障害で同一三級二号で、併合一〇級の後遺障害残存していると主張するところ、甲一九によれば自動車保険料率算定会が、原告の後遺障害について、左眉上部、左眼下部の陥没痕と線状痕を後遺障害等級一二級一三号に、左右上下視の複視を同一四級相当と認め、併合一二級と認定したことが認められ、他に、原告の後遺障害の残存を認めるに足りる証拠はない。

よつて、原告の後遺障害等級は、左眉上部、左眼下部の陥没痕と線状痕が後遺障害等級一二級一三号に、左右上下視の複視が同一四級相当にそれぞれ該当し、併合一二級と認められるところ、原告の後遺障害中、外貌の著しい醜状は原告の労働能力に影響を与えるとは認められないので、結局、原告は、本件事故によつて五パーセントの労働能力を喪失したものと認められる。

(二) 次に原告は、本件事故時の収入である年間二八六万七四四〇円を基準に逸失利益を算定すべきであると主張する。

しかしながら、逸失利益の基礎となる収入は、当該被害者が将来にわたつて取得する蓋然性が認められなければならない。原告は、昭和六三年八月二六日に中国から来日したが、平成二年五月二八日以降は本邦における在留資格を有しないまま日本国内に残留し、本件事故当時はいわゆる不法残留の状態にあつたものであり、近い将来、本国に帰国しなければならない状態にあつたことが認められる(当事者間に争いがない。)。したがつて原告は、本件事故がなければ当分の間、日本国内で稼働しえ、日本国内で得ていたと同額の収入を得ることができたと認められるものの、労働可能と認められる六七歳まで日本国内で稼働し、日本国内で得ていたと同額の収入を得ることができるとは認められない。そして右認定のような原告の来日した日時、不法残留期間、その他本件において認められる諸事情を考慮すると、原告は、症状固定後二年間は日本国内で得ていた年間二八六万七四四〇円と同額の収入を得ることができた蓋然性は認められるが、その後は、原告が日本国内で稼働したと同額の収入を得られる蓋然性は認められず、本国に帰国した際の収入を得られる蓋然性しか認められない。ところで、弁論の全趣旨によれば、中国における労働者の平均的な賃金は、日本におけるそれの三分の一程度と認めるのが相当であるので、原告は、将来にわたり、日本における収入の三分の一に当たる年間九五万五八一三円の収入を得ることができると認めるのが相当であり、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。中国における労働者の賃金は、地域間格差が大きく、また、現在の中国の経済事情を考慮すると、将来にわたる原告の収入を乙一だけによつて認定することは相当とは認められない。

(三) 以上の事実によれば、症状固定時三二歳であつた原告は、本件事故によつて労働可能な年齢である六七歳まで三五年間の得べかりし利益を喪失したものと認められるところ、原告の逸失利益は、症状固定後二年開は、二八六万七四四〇円に労働能力喪失率五パーセントと二年間のライプニツツ係数一・八五九四を乗じた額である二六万六五八五円、その後は九五万五八一三円に労働能力喪失率五パーセントと、三五年間のライプニツツ係数一六・三七四一から二年間のライプニツツ係数一・八五九四を減じた一四・五一四七を乗じた額である七八万二五二八円の合計一〇四万九一一三円と認められる。

7  慰謝料 五三〇万円

原告が症状固定までに要した入通院期間、原告の後遺障害の程度、その他、本件における諸事情を総合すると、本件における慰謝料は、傷害慰謝料が二三〇万円、後遺障害慰謝料が三〇〇万円の合計五三〇万円と認めるのが相当である。

8  合計 一六〇二万九九八二円

二  過失相殺

1  当事者の主張

被告は、「原告は、交通量の多い幹線道路において、至近距離に信号機のある交差点があつて、横断歩道があるにもかかわらず、横断歩道を利用せず、片側二車線の車両の間を縫うようにして横断を試み、右車両間より飛び出した結果、本件事故が起こつたものであるから、相応に過失相殺すべきである。」と主張するのに対し、原告はこれを否認する。

2  当裁判所の判断

(一) 争いのない事実、甲一、一六並びに原告及び被告本人尋問の各結果(後記認定に反する部分は除く。)によれば、以下の事実が認められる。

(1) 本件道路は、東京都杉並方面と東京都新宿方面を結ぶ通称青梅街道であり、本件事故現場付近は、幅員一六・七メートルで、歩車道が区分され、アスフアルトで舗装された道路である。本件事故現場は、本件道路の新宿方面に向かう車線上であり、杉並方面から本件現場付近までは片側三車線であるが、本件事故現場から新宿方面に向かつて右折車線が一車線設けられ片側四車線となつている。本件事故現場付近は市街地であり、本件事故時の交通は閑散としていた。本件現場付近の本件道路は直線で、視界は良好であり、速度は毎時五〇キロメートルに規制されている。また、本件事故現場付近は歩行者の横断が禁止されている。本件事故現場から新宿方面に向けて約四〇数メートルの地点に信号機で交通整理の行われている交差点があり(以下「甲交差点」という。)、甲交差点の新宿側手前(本件事故現場から約四〇・三メートルの地点)には横断歩道が設置されており、甲交差点の信号機によつて交通整理が行われている。

(2) 原告は、勤め先から帰宅するため、女性の友人と共にタクシーに乗つて本件事故現場付近に至つた。原告は、本件事故現場の対向車線側の歩道付近でタクシーを下車し、女性の友人と共に同所を横断しようと考えた。原告は、甲交差点の新宿に向かう車両用の信号機の表示を見たところ赤色を表示していたので、甲交差点に設置された横断歩道を利用せずに本件事故現場付近の本件道路を横断し始めた。そして、新宿方面に向かう車線に至り、同車線の歩道から二番目の車線(以下「第二車線」という。)に停止していた車両の間から最も歩道よりの車線(以下「第一車線」という。)に出ようとして、甲交差点の方向は確認したものの、被告車が進行してきた杉並方面は確認しないまま第一車線に歩き出たところ、杉並方面から進行してきた被告車と衝突した。

他方、被告は、被告車を運転して本件事故現場付近に至つたところ、本件事故現場の手前約五五・一メートルの地点で甲交差点の対面信号機が赤色を表示しているのを発見したため、減速して進行した。そして本件事故現場の手前約一九・四メートルの地点で甲交差点の対面信号機が青色に変わつたのを確認したのでそのまま加速して進行したところ、本件事故現場の手前約五・四メートルの地点で、第二車線に停止していた車両の間から第一車線上に歩行してきた原告と連れの女性を発見し、急ブレーキをかけたが間に合わず、約五・四メートル進行して被告車を原告に衝突させた。

(二) 右認定の事実によれば、本件では、原告に左方不注視の過失が認められることは明らかであり、過失相殺をすべきであるところ、原告は、本件事故現場の車線を進行する車両が進行してくる方向である杉並方面を全く注視しないまま、停車中の車両の間から第一車線に進入したものであること、本件道路は、片側三車線、幅員一六・七メートルの幹線道路であり、本件事故現場は、甲交差点から約四〇数メートル、直近の横断歩道から約四〇・三メートルという距離にあり、本件事故現場付近が歩行者の横断が禁止されている場所であることに鑑みても、原告の責任は重いと言わなければならない。他方、本件事故が発生した時刻、本件事故直前まで甲交差点の対面信号の表示が赤色であつたことを考えると、被告は横断者がいることを相当程度考慮して進行しなければならない状況であつたと言える。しかも、本件事故現場付近の本件道路は直線で見通しがよいのであるから、被告は前方を注視していれば、右方から横断してくる原告らを予め発見し得たと認められ、被告の前方不注視の程度も著しいと認められる。

以上のような本件事故の態様、原告、被告双方の過失の態様に鑑みると、本件では、その損害から四〇パーセントを減殺するのが相当である。

(三) よつて、原告の損害額は九六一万七九八九円となる。

三  既払金 三四四万円

原告が、自賠責保険金合計三四四万円の支払いを受けたことは当事者間に争いがない。

四  損害残額 六一七万七九八九円

五  弁護士費用 六二万円

六  合計 六七九万七九八九円

第四結論

以上のとおり、原告の請求は、被告に対して、金六七九万七九八九円及びこれに対する本訴状送達の日の翌日である平成八年一月二五日から支払済みまで年五分の割合による金員の支払いを求める限度で理由があるが、その余の請求は理由がない。

(裁判官 堺充廣)

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